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役割交感 [コミュニケーション]

自分が自分をどう思っているかということが、対人関係の中身を左右するといったが、相手をどう思っているかということも、対人関係の中身を左右するのである。

これは常識でわかることである。

たとえば彼は軽薄な人間だというイメージがあるから、そのていどのつきあいをすればよいと思うわけである。

しかし、自己イメージが、自分でも気づいていないあるがままの自分を無視して構築されていることが多々あるように、相手に対するイメージも、実は私たちの気付かない、あるがままの彼自身を無視してつくられているのかもしれない。

だとしたら彼に対して申し訳ないことである。

そこで、どうしたら彼のかくされた部分に気付き、あるがままの彼に少しでも近い評価(イメージ)を構築できるであろうか。

まず第一が役割交換法である

意識的に相手の身になって彼の言動をとってみることである。

例をあげよう。

私の教育心理学のクラスで二人の女子学生にロールプレイ(寸劇)を演じさせたことがある。

ひとりには「家出した娘」、もうひとりには「家出した娘の母親」という役割を与えた。

このふたりが会話をするのである。

さて、ロールプレイがすんでから、「家出した娘の母親」を演じた女子学生がいうのに、「私は今まで、自分の母親は口うるさい女だと思っていましたが、今さっき母親の役割を演じているうちに母親の気持ちがわかってきました」と。

あるいはこんなこともあった。

ある研修会の世話人がもうひとりの世話人とけんかを始めた。

休憩時間に大きな声でやりあっている。

女性世話人が男性世話人にくってかかっている。

「あなたはワンマンだ、私に相談もせず研修を進行させている。私の立場がないではないか」と。

男性世話人は「君がぼんやりしているから、君の分まで俺がしてやっているんじゃないか、俺はむしろ君にお礼を言われてしかるべきだと思っている」と反論している。

私は間に割って入った。

「君たちふたりは、さっきぼくが教えた役割交換をしろ。君はワンマンの男性世話人A君になれ。君はぼんやり者の女性世話人B子さんになれ。よし、ではさっきのけんかを続けろ」

こんどはけんかのスピードがぐんと落ちた。

AはBの気持ちを推論しながら語るから、考え考えけんかする。

約十分もけんかしたら、AとBはにっこりして「このくらいにしよう」と握手した。

彼らの悟ったことは、相手の気持ちがよくわからないくせに、自分のことだけ主張しあっていたということのようであった。

私はカウンセリング研究会では、ふたり一組にしてロールプレイをさせる。

たとえば「君は通勤がいやになった万年ヒラ社員になれ」「あなたは離婚しようかしまいかと迷っている主婦になれ」「君はお膳をひっくりかえす亭主になれ」「勉強ぎらいの生徒になれ」という具合である。

学業不振で学校が嫌になった高校生になりきってものを言っているうちに、だれでも、だんだんそういう生徒の気持ちがわかってくるのである。

すると今まで「連中はしようがない奴らだ」と思っていたのに、親近感がもてるようになる。

いちどゆっくり連中と語ってみよう、はたして僕の想像したとおりの心境かどうか検証してみたい、そう思うようになる。

なかには、「私は品行方正・学業優秀だったのでなまけ学生の役は演じられない」「私は夫婦円満なのでお膳などひっくりかえしたことがない。

だからそんな亭主役は演じられない」という人がいる。

これは想像力貧困である。

こういう人はふだんから、こういう生徒、こういう亭主とよく会話して、この人たちがどんな気持ちかよく勉強することである。

本など読むよりずっと効果がある。

以上の方法は二人一組の役割交換法である。

もっと手軽にできるのは、一人二役による役割交換法である。

たとえば部長とけんかした課長が、自分の部屋で次のように会話をすすめるのである。

椅子をふたつ向けあっておく。

ひとつを部長用、他を課長用にする。

喧嘩してきたばかりの課長はまず、課長用の椅子に座し、部長の椅子に部長が座っていると仮定して、いいたいことをいう。

言い終わったら、今度は部長の椅子に座り部長になりきって、課長の椅子に課長が座っていると仮定して、ものをいう(その課長とはつまり自分のことである)。

この会話を続ける。

ということは、課長はこのふたつの椅子の間を行ったり来たりする。

実際に音声を出して一人二役の芝居を演じる。

観衆はいない。

したがって恥も外聞もない。

お互いにいいたい放題を言えばよい。

そのうちに、けんか相手の気持ちをよく理解していなかったことに気付くこともあるし、思いがけない考え方にふれることもある。

夫が一人で夫(自分)と妻の二役を演じて会話する、教師が教師(自分)と生徒の二役を演じて会話する。

相手が誰であってもよい。

ふれあいがもちたくてももてないときに、この要領でひとり芝居をするのである。
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